
うれしい事があるんです
最近うちのまるがお利口さんなんです

昔はトイレをどこにでもするもんだから
気軽に部屋の中を放し飼いできなかったのですが
最近、ようやく覚えたみたい・・・。
長かった〜ぁ!3年かかったよw
なので、最近は長時間部屋の中に放して遊ばせています(´∀`*)
私
動物アレルギーだから、腕とかかゆくなったり目がアレルギー性結膜炎を起してますが
それでも、まるとのスキンシップはしたいのですw
ケージへ帰した後はソファの上はガムテープでペタペタして
掃除機と空気清浄機はかかせませんが^^;

よく職場から残った果物を貰ってくるので
バナナやリンゴをあげてます。
こんなに大きくてもちゃんと食べ切れるんだから大食いな子です。
トテモカワイイ(*´∀`*)
まだ、うさんぽ連れて行ってあげてない・・・。連れて行ってあげたいナァ(*´д`)

5月5日はこどもの日だけれど
私の母の誕生日でもあるのでお祝いをしてきましたー。
2日前にケーキ屋さんへ行って特注で作っていただきました。
とにかく「ケーキの側面の流曲線を綺麗に」ということで
我侭を利いてくださってありがとうございますッ

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とあるデザインコンペに参加してますが
中々思うように作れない部分があって苦戦してます(-ω-)
締めまであと10日・・・なにか
閃かないかしらねー。*:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;(o-`ω´-)ンー・・・な事;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*
ふと安値で写真プリントを出来るショップをネットで探していたら
某写真屋のサイトにて
偶然にも私の配布している画像をHPで使用しているのを発見。
どうみてもフォトグラファクレジットを入れてないのはもちろん
私の画像を提供している素材サイトの詳細も一切記載されていない。
商用利用でフォトグラファクレジットを入れれないのは解るけれど
その場合、私が属している素材サイトの「規約」をちゃんと見れば解るように
有償提供にしています。
たとえ大きさが小さくて相場的にも価値が低かったとしてもフォトグラファクレジットを入れれないのであれば無償で提供はしてません。
ちゃんと「クレジットを入れれないけれど画像を使用していいか?」と問い合わせをしてくれる方も居て
それがプロのウェブデザイナーであるのであれば、最低でもそういう連絡をするのは常識かと思うのですが・・・。どうなんでしょう(神経質になりすぎ?)
こういうのってどう対処したらいいのかなーと思ったり。(とりあえず規約違反なので担当の方に相談するべき・・・?だよね・・・?)
フォトグラファやイラストレーターの
クリエイター系の知り合いが居ないのでこんな疑問どこにぶつけたらいいのかワカラナイからここに書いてみた。
使ってくれているのを見てすごく嬉しかったんだ(*´∀`*)
けれど
「あれっ?そういえばー・・・」と思ったのでした。
(o-`ω´-)ンー
むかーし昔、人々は持って生まれた能力を特に活かせることもなく
まるで生活をするために生きているかのようでありました。

一日の時間のほとんどを労働に使っていた
もったいない時代がありました。
その頃、人々の多くは、自分の中心から少し
あるいは完全にズレたところで生きておりました。
元気の源である自分の中心と繋がって生きてないため
精神的に不安定になったり
イライラしてすぐに腹を立てる人々がたくさんおりました。
そういった人々の思いや行動の源にあったのは
「恐れ」でした。
「恐れ」が想いの中心にあるので
人々は競争原理や奪い合いの精神に突き動かされておりました。
心の病にかかる者がどんどん増え
過程の中での暴力や、学校や職場でのイジメ
環境破壊に戦争と
世界は破壊のエネルギーに満ち満ちておりました。
そんな時代がどんどん進行していく中で
この世界をあきらめるのでもなく
嘆くのでもなく
はたまた批判するのでもなく
本来の人の持つ力を信じて
ただ、黙々と種を蒔く人々がおりました。
種を蒔く人々は
「問題の原因は、人が自分自身の中心とつながって生きてないためだ」
ということに気づいておりました。

ですから、人々が自身の中心に戻れるような機会を作っていこうと
それぞれ、好きなことや得意なことで、種を蒔いてゆきました。
ところで、種はどうのようにしてできるのでしょうか?
種を作るには、花を咲かせればいいのです。
一人ひとりが自分の花をさかせれば、そこに種は生まれます。
土の中には長い間、眠ったままの種が何千何万とあるそうです。
それらの種は、何かの拍子に土が耕されたり
揺り動かされたりすると、その刺激で目を覚ますそうです。
人の中にもたくさんの種が眠っています。
そして、何かの拍子に心がほぐれたり
感動して心が動かされたりした時に
心の種は「ぴこっ」と目を覚ますのです。

種が目を覚ましても、目が出て花が咲くまでは
しっかり世話をしてあげなくてはいけません。
芽がまだ小さい時には
外からの強い雨風から守ってあげ
伸びはじめたら今度はせっせと水をやり、陽に当ててあげるのです。
それは、自分自身の仕事です。
人が花を咲かせれば、その花を見た誰かの心が動き、
眠っている種が目を覚まします。
一つの花からは、たくさんの種が生まれます。
そして、人は種をまくことができるのです。
黙々と種を蒔く人々の行為が、ある一定値を越えた時、
世界中に一斉に花が咲きはじめました。
それらの花々を愛でることによって
さらに人々の中に眠っていた種も次々と目を覚ましていきました。
こうして世に咲く花はどんどん増えていき
世界はあっという間に、色とりどりの花でいっぱいになりました。
きれいな花を見て「きれい・・・」と愛でる時
人は自分自身の中心とつながっています。
「愛でる」
とは、すなわち愛の状態にいるということです。
こうして世界は今のように、愛のエネルギーで満ち満ちるようになったのでした。

おしまい。
まるで生活をするために生きているかのようでありました。

一日の時間のほとんどを労働に使っていた
もったいない時代がありました。
その頃、人々の多くは、自分の中心から少し
あるいは完全にズレたところで生きておりました。
元気の源である自分の中心と繋がって生きてないため
精神的に不安定になったり
イライラしてすぐに腹を立てる人々がたくさんおりました。
そういった人々の思いや行動の源にあったのは
「恐れ」でした。
「恐れ」が想いの中心にあるので
人々は競争原理や奪い合いの精神に突き動かされておりました。
心の病にかかる者がどんどん増え
過程の中での暴力や、学校や職場でのイジメ
環境破壊に戦争と
世界は破壊のエネルギーに満ち満ちておりました。
そんな時代がどんどん進行していく中で
この世界をあきらめるのでもなく
嘆くのでもなく
はたまた批判するのでもなく
本来の人の持つ力を信じて
ただ、黙々と種を蒔く人々がおりました。
種を蒔く人々は
「問題の原因は、人が自分自身の中心とつながって生きてないためだ」
ということに気づいておりました。

ですから、人々が自身の中心に戻れるような機会を作っていこうと
それぞれ、好きなことや得意なことで、種を蒔いてゆきました。
ところで、種はどうのようにしてできるのでしょうか?
種を作るには、花を咲かせればいいのです。
一人ひとりが自分の花をさかせれば、そこに種は生まれます。
土の中には長い間、眠ったままの種が何千何万とあるそうです。
それらの種は、何かの拍子に土が耕されたり
揺り動かされたりすると、その刺激で目を覚ますそうです。
人の中にもたくさんの種が眠っています。
そして、何かの拍子に心がほぐれたり
感動して心が動かされたりした時に
心の種は「ぴこっ」と目を覚ますのです。

種が目を覚ましても、目が出て花が咲くまでは
しっかり世話をしてあげなくてはいけません。
芽がまだ小さい時には
外からの強い雨風から守ってあげ
伸びはじめたら今度はせっせと水をやり、陽に当ててあげるのです。
それは、自分自身の仕事です。
人が花を咲かせれば、その花を見た誰かの心が動き、
眠っている種が目を覚まします。
一つの花からは、たくさんの種が生まれます。
そして、人は種をまくことができるのです。
黙々と種を蒔く人々の行為が、ある一定値を越えた時、
世界中に一斉に花が咲きはじめました。
それらの花々を愛でることによって
さらに人々の中に眠っていた種も次々と目を覚ましていきました。
こうして世に咲く花はどんどん増えていき
世界はあっという間に、色とりどりの花でいっぱいになりました。
きれいな花を見て「きれい・・・」と愛でる時
人は自分自身の中心とつながっています。
「愛でる」
とは、すなわち愛の状態にいるということです。
こうして世界は今のように、愛のエネルギーで満ち満ちるようになったのでした。

おしまい。












